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閼伽出甕【第8版】 弥生時代 |
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*1)宮下佳之「ネットワーク時代の知的所有権入門」(『iNTERNET magazine』No.20、インプレス、1996年9月1日発行、p289)
旧版同ジャンル(重複あり)
弥生時代 第三版(1996.09.08) 19件 |
弥生時代 第四版(1996.10.25) 53件 |
青 銅 器 第四版(1996.10.25) 9件 |
弥生時代 第四版【追補】(1996.12.21) 17件 |
弥生時代 第五版(1997.06.22) 109件 |
弥生 第六版(1997.12.25) 183件 |
弥生時代 第七版(1998.10.29) 106件 |
- 出土品 『百代の過客』時空の間 邪馬台国関連出土品 甕:吉野ヶ里遺跡出土/土器片:奈良県唐古・鍵遺跡出土/貯蔵用の壷:吉野ヶ里遺跡出土/三角縁神獣鏡(景初三年銘)島根県神原神社古墳出土/流水文銅鐸 鳥取県泊村池ノ谷出土/弥生時代前〜中期の勾玉(まがたま)佐賀県宇木汲田遺蹟出土/ガラス管玉 佐賀県吉野ヶ里遺蹟出土(弥生) [99-03-30]
- 荒神谷遺跡 『百代の過客』時空の間(弥生・島根県) [99-03-30]
- 登呂遺跡 『百代の過客』時空の間(弥生・静岡県) [99-03-30]
- 妻木晩田遺跡保存運動予定 (弥生・鳥取県) [99-03-09]
- 中日新聞ニュース 1999年3月24日(水)弥生中期の茎なし銅鏃 一宮の野田遺跡 愛知県埋蔵文化財センターは二十三日、同県一宮市丹陽町の伝法寺野田遺跡の水田跡から、全国でも最古級という弥生時代中期(紀元前一世紀ごろ)の銅鏃(どうぞく=青銅製のやじり)が出土した、と発表した。(弥生・愛知県) [99-03-27]
- Tateiwa Ancient Relics. 立岩遺跡 34号甕棺の出土状態 弥生時代の代表的な遺跡であり、発見された前漢鏡10面を始め、貝の腕輪、鉄製の武器などの出土品は一括して飯塚市歴史資料館に常設展示しています。写真:34号甕棺の出土状態(弥生・福岡県) [99-02-14]
- 文化財ダイジェスト版−古墳・遺跡の紹介 ●摩湯山古墳●久米田古墳群●春木八幡山遺跡●下池田遺跡●その他の主な遺跡(弥生時代:栄の池遺跡、畑遺跡、箕土路遺跡/古墳時代:磯之上遺跡、土生遺跡/古墳:天神山古墳群、儀平山古墳、三田古墳、重ノ原古墳群)(弥生・古墳・大阪府岸和田市) [99-02-17]
- 文化財ダイジェスト版 このページでは、市内の文化財(遺跡・古墳等)を紹介します。(弥生・古墳・大阪府岸和田市) [99-02-17]
- 発掘調査情報(田治米宮内遺跡) 岸和田市田治米町に所在する弥生時代から中世にかけての複合遺跡です。(弥生・古墳・大阪府岸和田市) [99-02-17]
- http://www.city.kishiwada.osaka.jp/culture/hakkutsu/tajime2.html 田治米宮内遺跡 「山直谷」と呼ばれる谷の開口部に位置するこの遺跡の周辺には、山ノ内遺跡・山直北遺跡・三田遺跡など集落跡の確認できる遺跡があって、古くは縄文時代にさかのぼります。東方約0.6kmには、全長およそ200mもある前方後円墳の摩湯山古墳が、西方約1.5kmには貝吹山古墳をはじめとする久米田古墳群があります。西方約0.4kmには、奈良時代に創建されたと推測されている田治米廃寺が所在します。/周辺地図(弥生・古墳・大阪府岸和田市) [99-02-17]
- http://www.city.kishiwada.osaka.jp/culture/hakkutsu/tajime3.html 田治米宮内遺跡 主な調査成果 今回の調査では、8棟の竪穴式住居跡をはじめとし、掘建柱建物や溝、土坑などの多くの遺構をみつけることができました。8棟の竪穴式住居のうち1棟は、弥生時代の終わり頃のもので、他の7棟は古墳時代中頃から後期にかけてのものです。また、平安時代頃のものとみられる掘立柱建物や井戸なども見つかりました。断続的にではありますが、長い期間にわたり人々が生活を営んだ場所であったことがわかりました。(弥生・古墳・大阪府岸和田市) [99-02-14]
- http://www.city.kishiwada.osaka.jp/culture/hakkutsu/tajime4.html 田治米宮内遺跡 弥生時代後期〜鎌倉時代後半の状況(弥生・古墳・大阪府岸和田市) [99-02-17]
- 文化会館プラネタリウム「古代からのプレゼント」 弥生時代の終わり紀元1世紀頃の春木八幡山遺跡や下池田遺跡の村へタイムワープ。また、古墳時代紀元4世紀後半の摩湯山古墳へ・・・。(弥生・大阪府岸和田市) [99-02-17]
- 東日本最古の文字? 群馬県立女子大学北川研究室 長野県から文字を刻んだ土器片が出土(H10.10.21)10月20日のテレビニュースや新聞の夕刊によれば、長野県下高井郡木島平村の根塚遺跡から弥生時代後期のものと考えられる文字が見つかったようです。(弥生・長野県) [99-03-28]
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中国新聞 地域ニュース 1998/10/31 鳥取・妻木晩田遺跡群の遺構雨ざらし 国内最大級の弥生集落跡、妻木晩田(むきばんだ)遺跡群(鳥取 県西伯郡大山、淀江町)の遺構が雨ざらしのまま崩壊が進んでい る。保存方針について地元町と鳥取県、開発業者の結論が出ないた めで、鳥取県に保存を要請している文化庁や住民団体から対応策を 求める声が強まっている。(弥生・鳥取県) [98-11-03] [99-05-27]
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中国新聞 地域ニュース 油免遺跡に竪穴式住居跡/広島・三良坂 '98/11/5 広島県双三郡三良坂町灰塚のダム水没予定地で発掘調査中の油免遺跡で、珍しい張り出しのある竪穴式住居跡と、その内部から祭祀に使ったと思われるかわいいミニチュア土器、さらに川漁で網につける土製のおもりの土錘(どすい)などが出土した。遺跡調査は四月から始め、これまでに約八千平方メートルを発掘した。今から千八百〜千四百年前の、弥生時代後期から古墳時代中期を中心にした時代の集落跡を発見。約五十軒の竪穴式住居跡、約八十基の土壙(どこう)や多数の土器片が出土した。(弥生・古墳・広島県) [98-11-08] [99-05-27]
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中国新聞 地域ニュース 青谷上寺地遺跡で弥生時代の人骨/鳥取 '98/11/5 鳥取県埋蔵文化センターは、発掘調査中の気高郡青谷町青谷の青谷上寺地遺跡で弥生時代後期(三世紀)の人骨一体を発見、四日取り上げ作業をした。県内で弥生時代の人骨が、ほぼ完全な形で見つかったのは初めて。人骨は鳥取大に持ち帰り顔の形などを復元する。井上教授は「身長が在来系弥生人の平均一六〇センチより高く、渡来人との混血の可能性もある。渡来系であれば、これまで空白地帯だった鳥取県の弥生人の混血を考える上で貴重な資料になる」と話している。(弥生・鳥取県) [98-11-08] [99-05-27]
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中国新聞 地域ニュース 妻木晩田遺跡群は全面保存を/文化庁 1999/2/18 鳥取県西伯郡大山、淀江町にまたがる妻木晩田(むきばんだ)遺跡群の保存問題で、文化庁の井上明俊文化財保護部長は十七日の衆院予算委分科会で、県が示した一部保存案に「適切でない」と強調。全面保存が望ましいとの見解をあらためて示した。(弥生・鳥取県) [99-02-19] [99-05-27]
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中国新聞 地域ニュース 日本最古の木棺 島根県鹿島町で出土 1999/3/21 日本最古となる弥生時代前期(紀元前三世紀―同二世紀)の木棺が二十日までに、島根県八束郡鹿島町南講武の堀部第一遺跡から見つかった。(弥生・島根県) [99-03-25] [99-05-27]
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中国新聞 地域ニュース 鳥取県知事が妻木晩田遺跡の全面保存を表明 1999/4/10 ゴルフ場開発か、全面保存かで揺れる鳥取県西伯郡淀江町と大山町にまたがる弥生時代後期の高地性集落、妻木晩田(むきばんだ)遺跡群について、西尾邑次知事は九日、引退会見で開発会社の京阪電鉄(大阪市)が所有する開発予定地を購入し、全面保存することで、京阪と合意したと発表した。(弥生・鳥取県) [99-04-11] [99-05-27]
- 原田敏照 王墓の出現 Page 1 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 王墓の出現 ――西谷3号墓出現の展示について 原田敏照(弥生・島根県) [99-04-17]
- 原田敏照 王墓の出現 Page 2 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 王墓の出現 ――西谷3号墓出現の展示について 原田敏照:1. 供献土器の復元(弥生・島根県) [99-04-20]
- 原田敏照 王墓の出現 Page 3 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 王墓の出現 ――西谷3号墓出現の展示について 原田敏照:2. 墓上祭祀の復元(弥生・島根県) [99-04-20]
- 原田敏照 王墓の出現 Page 4 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 王墓の出現 ――西谷3号墓出現の展示について 原田敏照:おわりに(弥生・島根県) [99-04-20]
- 原田敏照 王墓の出現 Page 5 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 王墓の出現 ――西谷3号墓出現の展示について 原田敏照(弥生・島根県) [99-04-20]
- 古代出雲文化展 Index Page 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 ――神々の国 悠久の遺産(弥生・島根県) [99-04-17]
- 石川陽春 島根会場とは何か? 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 島根会場とは何か――博物館実習の現場から 石川陽春(弥生・島根県) [99-04-17]
- 山内英樹 「銅鐸」の音色に誘われて 「島根大学歴史社会講座」歴史学通信 Vol.22 小特集 古代出雲文化展 「銅鐸」の音色に誘われて――「古代出雲文化展」観覧記 山内英樹(弥生・島根県) [99-04-17]
- 吹上遺跡写真集目次 (1)5号カメ棺墓出土貝輪 (2)5号カメ棺墓内人骨出土状況 (3)4号カメ棺墓出土銅か(ほこ) (4)4号カメ棺墓出土管玉 (5)4号カメ棺墓出土の貝輪 (6)5号カメ棺墓出土勾玉 (7)4号カメ棺墓出土鉄剣 (8)4号カメ棺墓出土の貝輪 (9)4号カメ棺墓内人骨出土状況 (10)4号カメ棺墓 (11)吹上遺跡空中写真 (12)石棺 (13)鉄剣 (14)カメ棺 (15)貝輪 (16)管玉(弥生・大分県日田市) [99-03-03]
- 小迫辻原遺跡写真集目次 (1)空中写真他 (2)環濠群の空中写真 (3)環濠と竪穴住居 (4)発掘状況 (5)方形の周溝を巡らせた墓 (6)方形周溝遺構 (7)土壙墓 (8)方形周溝遺構西側の土壙墓 (9)4号環溝屋敷の空中写真 (10)2号環溝屋敷の空中写真 (11)1号環溝屋敷内の掘立柱建物 (12)内行花文鏡の破片 (13)鏡片が捨てられていた竪穴住居 (14)1号条溝の発掘状況 (15)1号環濠居館出土の土器 (16)2号環濠居館の北側空中写真 (17)1号環濠居館の北側空中写真 (18)3基並ぶ環濠居館 (19)2号環濠内出土の土器(弥生・大分県日田市) [99-03-03]
- 草場第2遺跡関連写真目次 (弥生・大分県日田市) [99-02-25]
- 草場第2遺跡発掘調査報告書 (弥生・大分県日田市) [99-02-25]
- 日田市遺跡発掘調査報告 「日田の歴史」吹上遺跡1981発掘調査報告書(弥生・大分県日田市) [99-02-14]
- 日田市遺跡発掘調査報告 吹上遺跡出土人骨についての検証(弥生・古墳・大分県日田市大字渡里字吹上上原) [99-03-04]
- 日田市遺跡発掘調査報告 「日田の歴史」弥生時代の遺跡(弥生・大分県日田市) [99-02-17]
- 日田の歴史小迫辻原遺跡 (弥生・大分県日田市) [99-02-25]
- 小迫辻原遺跡目次 (弥生・大分県日田市) [99-02-25]
- FRAME 小迫辻原遺跡 フレーム版(弥生・大分県日田市) [99-02-25]
- 大阪府立弥生文化博物館【第1展示室】 【死とまつり】近畿の組合式の木棺と北部九州の巨大な甕棺の実物を比較して、墓の形式の地域による違いを示します。弥生のまつりと言えば銅鐸ですが、時代とともに大きくなっていく様子を実物とレプリカで示します。【弥生プラザ】中央に置かれた「平成の銅鐸」は、滋賀県小篠原で出土した、わが国最大の銅鐸(高さ135cm)を青銅で復原したもので、金色に輝いています。(弥生) [99-02-14]
- 梅ノ木遺跡現地説明会開催のお知らせ 熊本県からのお知らせ 報道資料(弥生・熊本県) [99-02-14]
- 2世紀後半の大型建物跡出土 守山・伊勢遺跡(京都新聞:1998.12.22) 滋賀県守山市阿村町で、弥生時代後期(二世紀後半)の伊勢遺跡を調査している同市教委は二十一日、楼閣とみられる縦板壁を持つ二層式の大型掘っ立て柱建物跡が見つかったと発表した。(弥生・滋賀県) [99-02-13]
- 日本最大の銅鐸復元 滋賀・野洲町(京都新聞:1998.10.2) 滋賀県野洲郡野洲町の大岩山で一八八一(明治十四)年に出土した日本最大の銅鐸(どうたく)を、同町の銅鐸博物館(町立歴史民俗資料館)が復元し、一日発表した。モデルとなった銅鐸は、高さ一三四・七センチ、四五・五キロ。国の重要文化財で、現在、東京国立博物館に保管されている。完成した銅鐸は、重さ約五十五キロ、厚さは3・5―4・0ミリ。(弥生・滋賀県) [99-02-13]
- 「銅鐸サミット」 ゆかりの4町が野洲で(京都新聞:1998.10.26) 銅鐸を生かしたまちづくりを考える「銅鐸サミット&シンポジウム」(滋賀県野洲町主催)が二十四日、野洲文化ホールで始まり、九六年十月に全国最多の三十九個が出土した島根県加茂町など銅鐸ゆかりの四町長が出席。(弥生・滋賀県) [99-02-13]
- 弥生期の鉄器大量出土 滋賀・新旭町(京都新聞:1998.9.8) 滋賀県内最大の高地性集落跡で知られる高島郡新旭町熊野本の熊野本遺跡(弥生時代中―後期)の発掘調査を進めている同町教委は七日、板状の鉄素材や鉄鏃(ぞく)などの鉄器が高密度で出土した、と発表した。まだ製鉄技術を持たない同時代の遺跡から鉄器がまとまって出土したのは、近畿で二例目。発見された鉄器は日本海沿岸経由で大陸から伝わったとみられ、研究者は瀬戸内海ルートだけでなく日本海経由のルートが当時、重要外交ルートとして存在したことを示す貴重な発見、と注目している。(弥生・滋賀県) [99-02-13]
- 日本最小の銅鐸が出土 滋賀・下鈎遺跡(京都新聞:1998.9.10) 日本最小の小銅鐸(どうたく)が滋賀県栗太郡栗東町の下鈎(しもまがり)遺跡で見つかった、と県教委が九日、発表した。出土した小銅鐸は一個。高さが三・四センチ、すそ部分の直径が最長二・三センチ、重さは五・二グラム。青銅色の表面に褐色のさびが浮いている。厚さは一―〇・五ミリと薄く、上部の吊(つ)り手の断面が菱形で、すその部分にそりがあるなど、銅鐸の特徴の大半を備えている。文様は施されておらず、これまで最小だった大阪府岸和田市の上フジ遺跡の小銅鐸(復元高約四・五センチ)よりさらに一回り小さい。(弥生・滋賀県) [99-02-13]
- 近畿最大級の竪穴住居跡出土 南区の大藪遺跡(京都新聞:1998.9.10) 京都市南区久世の大藪遺跡から弥生時代後期の竪穴住居跡が見つかったと、京都市埋蔵文化財研究所が九日、発表した。住居跡の周囲の溝から土留め用の板が確認され、木製の排水管も見つかるなど極めて保存状態がよく、竪穴住居の構造を解明する貴重な遺構といえそう。(弥生・京都府) [99-02-13]
- 弥生中期の区画跡確認 国内最古 滋賀・守山(京都新聞:1998.9.11) 弥生時代中期(紀元前二―前一世紀)の大環濠(ごう)集落跡で知られる滋賀県守山市下之郷町の下之郷遺跡を調査中の同市教委は十日、国内最古の区画溝跡が柵(さく)跡とともに見つかった、と発表した。下之郷遺跡は一部で九重の環濠を持ち、長径約四百二十メートルに及ぶ国内最大級の弥生集落。魏志倭人伝に記されている『百余国』のクニの一つとみられている。(弥生・滋賀県) [99-02-13]
- maizou-map/yayoi in mobara 「かとしんのホームページ」茂原近辺考古学情報 茂原市埋蔵文化財地図(弥生時代)(弥生・千葉県) [99-03-23]
- http://www.obstv.co.jp/heo/heodata/n437.htm 『大分歴史事典』高添遺跡(たかぞえいせき)弥生前期の集団墓地を含む複合遺跡(弥生・古墳・近世・大分県・OBS大分放送) [99-02-14]
- http://www.obstv.co.jp/heo/heodata/n441.htm 『大分歴史事典』高松遺跡(たかまついせき)大野川流域最大の弥生時代集落跡 犬飼町は大野川の支流が多く集まるところであり、大野川の下流域と上流域を結ぶ接点の位置にある。大野川中流域最大の弥生時代後期の集落跡とみられる。〈遺跡の概要〉〈鏡片と豊富な鉄器類〉〈母村としての高松遺跡〉(弥生・大分県・OBS大分放送) [99-02-27]
- http://www.obstv.co.jp/heo/heodata/n457.htm 『大分歴史事典』多武尾遺跡(たぶおいせき)豊後唯一の小銅鐸出土遺跡 大分市大字横尾字南城の辻にある弥生時代後期終末を中心とする集落跡。(弥生・大分県・OBS大分放送) [99-02-27]
- 木製農具や石器で米づくり 「県史あれこれ」三重県は、ちょうど「遠賀川式土器」が出土する地域の東限にあたます。三重県で最も古い形態の「遠賀川式土器」は、一志郡三雲町の中ノ庄(なかのしょう)遺跡から発見されており、次に津市納所(のうそ)遺跡や鈴鹿市上箕田(かみみだ)遺跡など、米づくりをする村々がどんどん増えていきました。特に、納所遺跡や上箕田遺跡は大規模な遺跡で、多量な土器類のほかに当時、農耕に使用した木製の鍬や鋤等も多く発掘されています。(弥生・三重県) [99-02-25]
- 津市納所遺跡から弥生時代の琴 「県史あれこれ」弥生時代の琴は、三重県内では津市の納所(のうそ)遺跡からのみ発掘されています。(弥生・三重県) [99-02-25]
- summary E-19 『日本人類学会・日本民族学会 第50回連合大会』 佐賀県千代田町詫田西分貝塚出土の弥生人骨(第二報) 分部哲秋、佐伯和信、長島聖司(長崎大・医・解剖) (弥生・佐賀県) [99-02-14]
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纒向遺跡のなぞに迫る 奈良新聞 1998年12月19日 「纒向遺跡100回調査記念展−纒向遺跡はどこまでわかったか?」が、桜井市芝の市埋蔵文化財センターで開かれている。来年4月4日まで。(弥生・奈良県) [98-12-22] [00-03-13]
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南北に走る2重溝[唐古・鍵遺跡] 奈良新聞 1999年1月30日 弥生時代最大級の集落跡、田原本町の「唐古・鍵遺跡」で、集落内の1部を区画した弥生時代中期後半(紀元前1世紀ごろ)の2重溝が見つかり、同町教委が29日、発表した。以前に発見された青銅器の炉跡に近く、高地状の土地を区画していることから、工房の管理施設が建てられていた可能性が強いとみられている。出土した土器から、弥生時代中期後半の遺構と分かった。(弥生・奈良県) [99-02-04] [00-03-13]
- よみがえる弥生の都市と神殿 池上曽根遺跡〜巨大建築の構造と分析 摂河泉地域史研究会編 批評社:史跡池上曽根遺跡整備委員会主催「弥生王国の宮室」と「池上曽根遺跡と弥生中期社会」の二つのシンポジウムの記録を骨子に、遺跡の研究史と復元に至る過程、シンポジウム以後の調査成果の再検討をまとめる。(弥生・大阪府) [99-04-17]
- 三角縁神獣鏡の時代 岡村秀典著 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー66):倭人が国際社会に躍り出た前1世紀から邪馬台国の時代まで、倭にもたらされた中国鏡は一千面にものぼる。東アジアの国際情勢を踏まえ、「魏志倭人伝」と中国鏡を照合し、倭国誕生と鏡に潜む象徴性を追究する。(弥生・古墳) [99-04-25]
- 弥生文化論 稲作の開始と首長権の展開 橋口達也著 雄山閣出版:稲作を基礎とした農耕社会であり、武器の発達による戦乱の時代でもあった弥生時代。来るべき古代国家統一へと進行する激動の時代である弥生社会とその文化を復原。著者がこれまでに発表した弥生時代に関する論考をまとめる。(弥生) [99-04-25]
- web-sanin Local Hot News 山陰中央新報■1998年10月16日(金)■『加茂岩倉』国史跡指定へ 加茂岩倉遺跡は平成8年10月に農道工事の際、丘陵部の斜面で弥生時代中期から後期の銅鐸39個が出土。銅鐸の生産と流通、機能・廃棄の方法を究明するだけでなく当時の政治、社会状況を知る上で評価が高い。今回は銅鐸の埋納地だけでなく、周囲の尾根筋や谷あいなど一帯1万9千平方メートルを史跡指定し、周囲の景観も保存する。(弥生・島根県) [98-11-03]
- index 『大和弥生文化の会』目次(弥生) [99-03-05]
- http://www1.mahoroba.ne.jp/~yayoikai/outline/index.html 『大和弥生文化の会』会の概要(弥生) [99-03-05]
- 桜井の歴史(第2回) 古代政権の成立 国土の統一と地方豪族/纒向遺跡の発掘/巨大古墳の出現(弥生・古墳・奈良県桜井市) [99-02-27]
- a030.HTML 佐賀県東背振村 吉野ヶ里遺跡(弥生・佐賀県) [99-03-25]
- a030A.HTML 佐賀県東背振村 吉野ヶ里遺跡全景(弥生・佐賀県) [99-03-25]
- 吉野ヶ里遺跡全面保存会 「ママらンと」吉野ヶ里ワールド(弥生・佐賀県) [99-03-25]
- 吉野ヶ里ワールド 「ママらンと」(弥生・佐賀県) [99-03-25]
- 吉野ヶ里遺跡の出土品 「ママらンと」吉野ヶ里ワールド ガラス製の管玉/有柄銅剣/弥生時代の布片/巴型銅器の鋳型とその復元模型(弥生・佐賀県) [99-03-25]
- 吉野ヶ里ニュー・テクノパーク造成計画図 「ママらンと」吉野ヶ里ワールド(弥生・佐賀県) [99-03-25]
- 倭と呼ばれていた時代 「魏志倭人伝」弥生文化のなりたち(弥生) [99-03-26]
[第8版表紙]