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#700/700 日本史ボード ★タイトル (FHJ55492) 94/ 7/ 5 16:36 ( 43) 古代史】RE:#0626》それは赤珊瑚だったのか? アコ(43行) ★内容 これは、三州さんの#626へのRESです。(脚注1) 手元の文献には、遺跡から出土した珊瑚(さんご)について触れているものが なぜか見当たりませんでした。ところが先日、地元の図書館で平凡社大百科事典 (1985年版)の「サンゴ」項(近山晶氏による)を読んだら、こんなことが書か れていて、その謎が解けました。(^_^)v ======================================================================== サンゴはヨーロッパの新石器時代(前5000年以前)の洞穴の中より装身具の破 片が出土しており、古くから装飾用として使われていたことがわかる。また古来、 サンゴなどの赤い宝石は血を連想させることから、傷を防ぐ効用があると信じら れた。また出産を迎える女性のだいじな護符でもあった。さらに薬物としての効 用も古くから信じられ、中国の古い薬学書である《本草綱目》には止血などの効 能が記されている。 日本へのサンゴの伝来は、仏典の中の七宝の一つに加えられているとおり、仏 教伝来とほぼ期を同じくし、地中海産のサンゴがシルクロードを経て運ばれてき たものと思われる。正倉院には聖武天皇が東大寺大仏開眼式に用いたという珊瑚 玉のついた王冠が納められている。一方、シルクロードに沿う地域の各民族の間 では、信仰に基づいて多量の珊瑚玉を日常的に着用することが行われた。チベッ ト、ネパール、インド北部、パキスタン北部の高地民族間に、今日まで同様の習 俗が伝えられている。中国から日本へ運ばれた地中海産のサンゴは胡渡(こわた り)サンゴと呼ばれ(胡とはペルシア地方の意、のちには古渡珊瑚とも書かれた )、珍重された。 日本近海では幕末に近い1812年(文化9)、土佐沖ではじめて採取されたが、 一時は土佐藩の御止め品として採取が禁止されたので、本格的に採取されるのは 明治以降である。これら日本産サンゴは輸入品の〈古渡〉に対して〈土佐〉と呼 ばれた。そして〈古渡〉の時代から日本髪の根掛け、簪(かんざし)玉、帯留、 根付けなどに使われ、江戸時代以降は庶民の間でも広く愛用された。現在も各種 の装身具に用いられ、3月の誕生石に加えられている。 ======================================================================== 問題の翡翠(ひすい)についても、長い間、ビルマからの渡来品と考えられて いたわけですから、ある日突然、国産の赤珊瑚が縄文時代や弥生時代の遺跡から 出土しないとは断言できませんが、現状では、装飾品としての赤珊瑚の渡来は仏 教伝来以降、国産品が出まわるのは近代になってからのようです。 とはいうものの、「瓊」という漢字が本来意味していた「赤い玉」(「赤玉」、 つまり赤い碧玉のことではない)が、地中海産の赤珊瑚の玉を指していたことは 十分考えられると思います。 まっ、これ以上のことは、中国史か中国文学関連の文献に当たらないとならな いので、今回は止めときます。(^_^) FHJ55492 アコ 脚注1:このMSGは、三州さんが1994年6月13日に書き込まれた 「サロン】 RESをありがとうございます 三州」の中で、 「サンゴは古代では注目されなかったのでしょうか? 赤サンゴの採れる海 はずっと南の海や四国の海ですから、海人にも知られなかったのかしらね。」 という問いへの回答である。 →(本文)
脚注1:このMSGは、三州さんが1994年6月13日に書き込まれた 「サロン】 RESをありがとうございます 三州」の中で、 「サンゴは古代では注目されなかったのでしょうか? 赤サンゴの採れる海 はずっと南の海や四国の海ですから、海人にも知られなかったのかしらね。」 という問いへの回答である。 →(本文)
2002.10.07 / 2002.10.10