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#655/655 日本史ボード ★タイトル (FHJ55492) 94/ 6/24 6:37 ( 81) 古代史】RE:吉本隆明『初期歌謡論』の冒頭に‥‥ アコ(81行) ★内容 沼河比売の話は、基本資料(=民間伝承)の打ち込みに時間が掛かっている上 に、今月は予定外の仕事が多くて、とても《遊んでる》精神的余裕がないので、 しばらくの間、《ほったらかし》状態です。といいつつ、パームさんが帰国され る頃になったら、続編を始めてしまうだろうな、私の性格からして。(^_^) さて、ご紹介のあった吉本隆明説(脚注)ですが、通説にのっとったものだと思います。 というのも、たぶん津田左右吉氏の著作だったと思いますが、大国主命と沼河比 売との間でやり取りされた歌は、後の時代のものだと書いてあったと記憶してい ますから。 と、ここで終ってしまうと、せっかくの「古代史】」ヘッダーが泣いてし1まう。 で、さっそく岩波の『津田左右吉全集』に当たってみたところ、この歌につい ては、各所で触れられていました。その全てを紹介する根性はないので、一番気 になった解説を1つだけ。《1つ》といっても、けっこう長い、‥‥ ======================================================================== これらの長歌が、古事記の雄略天皇の巻に見える長歌と同じ形式であり、同じ修 辞法が用いられ、同じく「ことのかたりごとも、こをば」、また「とよみきたて まつらせ」ということばが結末についていることは、これらが同じ時代に作られ また同じような場合に歌われたことを、示すものであるが、それは形式が万葉の 長歌ほど整頓してはいないけれども、それに近づいていること、万葉の歌と同じ ことば同じいい現わし方で同じことをいっているところがあること(万葉巻四、 十二、十三、参照)、単純なものではあるが、例えば万葉の浦島を詠じた歌など と同じような、こういう歌の作られるのは、全体に文学の或る程度まで発達した 後でなければならぬこと、などから見て、万葉の歌の時代の早いものができたの とさして隔っていないころのものであることが、推測せられる。なお「八千ほこ の神の命は」云々といふ歌は、そのヤチホコの神の物語の既に世に存在した後の 作であることが明かであり、ヤチホコの神がヤマトに上るようになっているのは、 ヤマト人の作である一証であろう(ヤマトのことは後文参照)。第一篇に述べた ごとく、これらの歌は宮廷の饗宴の時に語部によって謡われたものらしく、「と よみき献らせ」という詞が歌の内容とは無関係に添加せられているものに於いて は、饗宴で謡われたことが甚だ明かであるが、そうでないものでも同様であった ことは、雄略天皇の巻のに「ことにかたりごとも、こをば」が此の「とよみき」 云々につづけてあるもののあることから、推測せられる(スセリヒメの歌として あるものは「よとみき」云々の下に此の詞があるべきものではなかろうか)。さ て、こういう場合の謡いものであるとすれば、伝誦の間に混雑や脱漏が起りがち であり、また故意の変改が行われ易いものであるが、実際ここに載っているもの は、歌の内容やその語調から考えると、原作のままではないように見える。ヌナ カハヒメの歌というものは「ぬえ草の」の上に詞が落ちているらしく、また「青 山に」以下は別の歌でなければならず、スセリヒメに対するヤチホコの神の歌も 「はたゝぎもこしよろし」から「むら鳥の」云々への移りゆきがあまり突然であっ て、二首が一首につながれたのか、其の間に脱漏があるのか、何れかの誤がそこ にあるらしい。スセリヒメの歌と前のヌナカハヒメの歌とに同じ部分があるのも、 混雑したものに違いない。なおヌナカハヒメに対するヤチホコの神の歌の「八島 国妻まぎかねて、遠々し越の国に」さよばいに出かけるというのと、歌に現われ ている情趣とは、極めて不調和であり(万葉巻十三に見える「こもりくのはつせ の国」云々の長歌の如く、道は遠くとも其の夜にゆき得られるところとしなけれ ば、感じが無い)、「たくづぬの白きたゞむき、沫雪のわかやる胸、」云々は、 女のことをいったものであるのに、それが女自身の歌になっているのもおかしい が、これらはもとからある歌を強してヤチホコの神のことにしたり、ヌナカハヒ メもしくはスセリヒメの歌にして前後に詞をそえたりしたために、生じた混乱で あろう。継体紀七年の条にマガリノオホエの皇子の歌として載せてあるものに、 ここのヤチホコの神の歌というのと同じところがあるのを見ても、一つの歌がい ろいろに変改せられたり、錯乱したり、又は他の歌と結びつけられたりして、種々 の物語に附会せられたことがわかろう。(「白きたゞむき」が女の腕を指してい ることは、古事記の仁徳天皇の巻の歌にそれが女のことになっているのでも知ら れる。男の白き腕で女の胸をたたくというように解するのは、詞のつづけがらを も調子をも顧みない牽強の弁である。スセリヒメの歌に此の二句の順序が逆になっ ているのは、伝誦の間に倒錯したものと思われる。)こう考えて来ると、これら の歌物語を神代史にあみこんだのが、後の人のしわざであることは、おのずから わかろう。(全く別の歌が一つに結びつけられたり、一つの歌の作者としていろ いろの人が附会せられたりする例は、記紀の神武天皇以後の巻々にも見える。神 武天皇の巻にある「宇多の高城に」の歌の「こなみが」以下も別のものであろう。 鴫わなに鯨がかかるという滑稽は、それだけで完備したものであり、前妻云々が つづいては、その滑稽が成立たなくなるのである。) ======================================================================== ※岩波書店『津田左右吉全集』第一巻に収録されている『日本古典の研究 上』、 「第三篇 神代の物語」pp469-471 ※字体、かなづかいは現代風に改めた。 こういってはなんですが、ホント読み難いんですよねえ、津田氏の文章って。 もし、古田武彦氏程度に分かり易い文章であったら、もっと一般にも知られ、もっ と《正しい》評価が得られたと思うのですが‥‥。それにしても、文学者じゃあ るまいし、文献史学家が《歌がヘン》なんて理由で史料を論じていいのでしょう かねえ。 今でも津田氏を文献史学の神様のように考えている研究者もいるようですが、 津田氏の著作自体がすでに「史料」になってしまっているということに気付いて 欲しいなあ。石が飛んで来る前に退散。(^_^) FHJ55492 アコ 脚注:ここでいう「吉本隆明説」とは、A.D.Xさんが1994年6月22日に書き 込まれた#651「古代史】吉本隆明『初期歌謡論』の冒頭に沼河比売 / A.D.X」の中で紹介されたものを指す。 タイトルにもあるように、出典は吉本隆明氏の『初期歌謡論』(ちくま学芸 文庫版)である。ただし、私は『初期歌謡論』を未だ読んでいない。 →(本文) 【校註】 1:MSG原文は「い」。誤記なので「し」に改めた。
脚注:ここでいう「吉本隆明説」とは、A.D.Xさんが1994年6月22日に書き 込まれた#651「古代史】吉本隆明『初期歌謡論』の冒頭に沼河比売 / A.D.X」の中で紹介されたものを指す。 タイトルにもあるように、出典は吉本隆明氏の『初期歌謡論』(ちくま学芸 文庫版)である。ただし、私は『初期歌謡論』を未だ読んでいない。 →(本文)
【校註】 1:MSG原文は「い」。誤記なので「し」に改めた。
2002.10.07 / 2002.10.09