脚注3:この土器は“浮線文土器”と呼ばれるもので、金関恕+大阪府立弥生文化
博物館編『弥生文化の成立』(角川選書 265、1995年9月30日初版発行)の中
で設楽博己(したら・ひろみ)氏が書かれた「第二章 各地域での弥生時代
の始まり/中部高地・関東――条痕文文化の広がり」の冒頭(p.180)におい
て、以下のように解説されている。
およそ紀元前三〜二世紀、縄文晩期終末の関東地方は浮線文(ふせんもん)土器
の分布圏にとりこまれた。浮線文土器は、浅鉢の多くと深鉢の一部を網目のよう
な隆起線文(りゅうきせんもん)で飾っていることから、この名がある。分布は
長野県や山梨県などの中部高地、新潟県や福島県などの北越、南奥地方という広
い範囲に及ぶ。浮線文土器は、以下の共通性をもっている。深鉢と浅鉢を主体と
する比較的単純な構成で、多くは口縁が水平に仕上げられ、それまで特徴的だっ
た波状口縁(はじょうこうえん)がほとんどなくなっている。縄文が失われていく
傾向にある。深鉢には肩に段がつけられるものが多い。この時期の西日本一帯に
は、口縁に貼りめぐらした隆起帯を特徴とする突帯文(とったいもん)土器が広がっ
ていた。浮線文土器のこうした特徴は、突帯文土器の影響が強いことを物語って
いる。
なお、浮線文土器の写真は、
岐阜県文化財保護センターの「遺物紹介」
(URL=http://www.maibun.gifu-net.jp/shosai/sjh44-279.htm)などで見る
ことができる。
→(本文)