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閼伽出甕 論考集「翡翠と沼河比売」(1)

 

[但し書き]

#536/536 日本史ボード
★タイトル (FHJ55492)  94/ 5/25   6:49  ( 73)
古代史】海人は、なぜ内陸へ向かったのか?   アコ(73行)
★内容
 超大昔の話になりますが、
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$1036 古代史】海人族】ピピン様へ:RE#1029;A.D.
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で、old A.D.さんが、《長野県の山奥に,安曇野があるように,海人族
は内陸部へも定住している》と書かれたり、
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$1242 古代史X】季刊「どるめん」の神代文字記事;A.D.
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では、季刊『どるめん』22号に「南安曇郡豊科町神代文字碑の民俗学的背景」
という記事が掲載されているらしいことを紹介されていました。

 その後も、
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$8750 古代史?】豊後の朝日長者は…>アコさん#8749/A.D.h
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で、海人伝承と思われるものが山奥に残っていることを考察されています。

 私も、
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$3607 東日流】ムカデについて調べたこと二、三(4) アコ(105)
$5863 古代史】菊理媛:10》近年の解釈を調べる・1/アコ(74行)
$7175 古代史】復刻》「邪馬台国=仙台」説      アコ(76行)
$7645 古代史】九州王朝》倭人の婚姻儀礼〔1〕    アコ(94行)
$7660 古代史】九州王朝》倭人の婚姻儀礼〔2〕    アコ(123)
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などで、会津とか信州の安曇に海人が入り込んだ理由を《河口から川を遡りなが
ら稲作をしながら、自分たちにとって都合の良い土地を探し歩いたのではない》
かと推理したことがありました。

 ちなみに、ここで前提としているのは、次の2点です。

 (1)安曇族は志賀島を本貫とする海人で、信州の安曇などは彼らがそこへ移り住
  んだために生まれた地名である。
 (2)海人は漁業のみを専門とする人々ではなく、金属の採掘・精錬・鍛冶技術に
  も長けた者が多かった。

 (1)はほとんど通説になっていますが、(2)は谷川健一氏が『青銅の神の足跡』
で広めた説で、このボードでは、ほぼ通説となっています。

 ところが最近、《海人は、なぜ内陸へ向かったのか?》について、とても興味
深いことを知りました。若尾五雄氏が『黄金と百足』(#470参照)で、こん
なことを書かれていたのです。

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鉱山師にいわせると、川尻の鉱石・砂鉱というものは、採鉱としては、実に大切
なことで、鉱山師が、鉱山を発見するのは、みなこの川尻から調査が始まる。鉱
山師は、まず、川口に至りその砂の中に、まじっている鉱石を探すのである。川
口で鉱石を発見すると、川中を上流へと同一鉱石を拾いつつ進む。
 鉱石は、下流では長い間水に流されて来ているから、みな角がとれた転石となっ
て円い石だが、段々上流に進むにつれて角のとがった鉱石が多い所に達する。角
のある鉱石の多い地点に差しかかると、鉱山師は、「ハハアこの支流から、この
鉱石は流れて来たな」と勘を働かせ、両岸の支流に目をつける。そうして、角の
ある鉱石の支流を発見し、本流から離れて支流に入り込み、なおもその鉱石を追っ
て、支流のまた支流へと入って行く。すると、はるか彼方に、鉱石をはらんでい
た山〔の鉱脈面をあらわした崖〕を見つける。(pp165-166)
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※〔〕内は、森栗茂一氏が補ったもの。

 海人は、船で海岸線を移動し、河口を見つけるとその砂を調べ、もし、鉱石が
含まれていたら、そこから川を遡る。鉱脈を発見するとその地に定住し、それを
掘り尽くしたと考えると、内陸に彼らが残したと思われる地名があるのも納得が
いきますね。

 もちろん、鉱石は食料にはなりませんから、その地で農耕も行なったでしょう
し、また、彼らと直接に交易を行なおうと考える人々もそこへ集まってきたこと
でしょう。

 というわけで、前提(2) がホントに「前提」として良いものであれば、山間部
に海人によると思われる伝承が残っている謎も氷解するわけね。もうちょっと、
調べてみます。(^_^)

                        FHJ55492  アコ


[目次]

2002.10.07 / 2002.10.24